Wednesday, February 8, 2017

主張と応援

こんにちは。小林です。

いよいよ、アメリカもトランプ大統領がスタートしましたね。
これからどうなっていくのか、不安や期待など色々な感情があるかと思いますが、社会が良くなっていく事を願います。

さて、トランプ大統領の発言は選挙中から注目されていましたが、実社会においても、色々な人の言動で、物事がうまく行ったり行かなかったりするのですが、以下のような2つのパターンに分かれる場合があるような気がします。それは、

*自分がすごい事を証明したいかのような言動。

*出来ない自分をさらけ出し、協力をお願いする言動。


ビジネスの立ち上げにおいても、「どうだ、自分たちはスゴイだろ!」という雰囲気が出ているチームと、「優秀ではないので、みなさん助けてください!」という雰囲気のチームがありますが、そのような多くのチームを客観視していると、後者の方が成功している場合が多いです。もちろん前者でも、圧倒的な優秀揃いチームでどんどん成長して成功を収める場合もあるのですが、割合で言うと少ないと思います。

以前から、今の時代は、「共感の時代」と言われていますが、自分たちが出来ない恥ずかしい部分をさらけ出して、協力してくれる方と一緒になって何かを作り上げていく。前回にも出た「共創・協創」は、まずそのような姿勢をリーダーが持てるかどうかだと思い、自分自身も、もっとそのような姿勢でビジネスに向き合いたいと考えています。

話は変わりますが、アナンド氏のこのTEDの動画で、今のリアルなアメリカがわかります。この動画は2015年のものですが、今回の大統領選挙そのもののような気がします。
以前のブログ【「お客さん」というもの】にも書いた通り、「分けない」というは今の時代、非常に大事だと思います。

Wednesday, January 11, 2017

佐々木正氏と共創

こんにちは。小林です。

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

さて、2017年最初の「日経ビジネス」の中で、スティーブ・ジョブズ氏や孫正義氏の大恩人として知られる、元シャープ副社長の佐々木正氏のインタビューがあり、すごく面白く、新年早々良い記事に出会えたな~と思いました。

去年の最後に、来年は「共創、協創」と書かせて頂きましたが、はるか昔から佐々木正氏のモットーは「共創」であり、「21世紀は独創ではなく共創」と昔から仰っていたのを、今の今まで知らなかった自分が少し恥ずかしい限りです・・・
しかしながら、そのような情報を知らずに、自分自身で「共創、協創が大事だ」と、今までの自分の経験から出た言葉が、実は佐々木氏のモットーと同じだという事に、すごく嬉しさを感じています。

また、佐々木氏のインタビューの中で、「もはや、人類もコンピューターも、数字や理屈だけを頼りにしていてはダメだということです。」という言葉にはすごく共感をしました。
既に101歳なのに、未だに先見の明があり、「天才」というか「神様」だと思いました。

新年早々、感動してます。


Wednesday, December 28, 2016

共創・協創というもの

こんにちは。小林です。

今年の最後は、「創る」という事を考えてみたいと思います。

自分自身が学生の頃は、個人のセンスやスキルから生まれ、それが世の中に広がったり影響したりする、いわゆる「アーティスト」のような、個々の「天才」に魅了されていました。
しかし、音楽や芸術、スポーツなどの分野では、一部そのような「天才」が当てはまる一方、多くの人の力で成り立つ「会社」や「組織」においては、案外、「カリスマリーダー」や「天才」がいるように見えて、チームの力で成り立っている部分がある事が、恥ずかしながら、社会人になってからわかるようになりました。もちろん、ファッション業界や発明型企業などで、リーダーが「天才」である会社も多数存在する事も事実ではありますが。

しかし、本当の天才は別として、自分のような凡人が、仕事や勉学において、いかに個々の力(自分の能力や経験、職歴や学歴)を上げて、というところにフォーカスしすぎてしまうと、少し間違うと、自分だけ上手く生きようと考えてしまう方向になったり、他の人々との連携や助け合いが難しくなったりする場合もあるかと思います。

ずっと、「個」が創るものに魅了されて来た自分ではありますが、今の自分は、もっとオープンで「個」のコントロールが良い意味で少ない「共創」「協創」というものを意識し出している時期で、来年は、この「共創」「協創」が僕の中でのキーワードになるような気がしています。

ある映画のセリフでこんなのがありました。
「早く行きたければ1人で行きなさい。遠くへ行きたければ誰かと一緒に行きなさい。」
そんなところでしょうか。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

Saturday, November 19, 2016

本田宗一郎という天才(2)

こんにちは。小林です。
先々月に続いて、本田宗一郎氏の著書「やりたいことをやれ」から。


若さの特徴 

若い人がエネルギーを思いきり何かにぶつけている姿を、私は美しいと思う。
若いくせに、周囲にばかり気がねして、コセコセとちぢかんで生きている若者が世の中にはたくさんいる。
これでは、若者という名の皮をかぶった老人にすぎない。


ホモ・ファーベル

頭にひらめいたことを、ただちに手を通してかたちのあるものにし、
そのアイデアを実証せずにはいられない人間をホモ・ファーベルと呼ぶそうである。
いわゆる口先だけでいっこうに実行の伴わないタイプの人とは反対の存在だ。


奉仕の心 

学問にしても技術にしても、この世の中のすべてのものは、
人間に奉仕するための1つの手段にすぎない。
だから、単に学問ができる、技術がある、だから人より偉いというのは大きなまちがいだ。


いつの世にも変わらぬもの

いつ、誰が、どこで受けとめても、なるほどと納得できる思想を持つか持たないかで、企業の生命は決まる。妥当かつ普遍的な民族を超えた哲学があれば、その企業は必ず世界へ伸びるといってよい。


「いい子」「悪い子」

世間では、オトナの考え方の枠から飛躍しようとしない子が「いい子」と呼ばれ、
自分の意志を堂々と主張したり個性的な行動をする子が「悪い子」と呼ばれる。
私は、世間でいう「悪い子」に期待している。
そうゆう子どもこそ個性にあふれ、可能性に満ちているからである。


ダイヤモンドクォータリー 創刊号 野中侑次郎氏の本田宗一郎紹介文章より

人生は見たり、聞いたり、試したりの3つの知恵でまとまっているが、
多くの人は、”試したり”をほとんどしない。
ありふれたことだが失敗と成功は裏腹になっている。
みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ない。
やってみもせんで。


以上、改めて、本田宗一郎氏の素晴らしさ、人としての器の大きさを感じました。

Saturday, October 22, 2016

自立・独立というもの

こんにちは。小林です。

毎月購読している雑誌「WIRED」の日本版編集長の若林恵氏がVOL25で書かれていた「分散と自立」の中で小児科医の熊谷晋一郎氏の文章を紹介されていたのが印象に残りました。
http://www.tokyo-jinken.or.jp/jyoho/56/jyoho56_interview.htm

一部抜粋*********

一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、様々なものに依存しないと生きていけないんですよ。
だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。
実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが、”自立”といわれる状態なのだろうと思います。

*************

本当にその通りだと思います。

仕事の場合だと、よく、「独立」に憧れを持っている人たちがいますが、それらの人の多くが見落として忘れているのが、「自分の所属先・依存先が変わるだけの話」って事。
お金の場合だと、あくまで「お金」は人や人が作った製品やサービスに助けてもらう(依存させてもらえる)権利を得る1つの手段だという事。

改めて、「社会(他の人がする仕事)に助けられて生きている」という事を忘れてはいけないな、と思いました。

Wednesday, September 28, 2016

本田宗一郎という天才(1)

こんにちは。小林です。

今回は、みなさんご存知、世界のホンダの創業者、本田宗一郎氏の事を書いてみたいと思います。同氏の事は知れば知るほど面白い。と最近実感しております。今後も色々と書きたい名言が見つかる事が予想されるので、タイトルには(1)とつけさせて頂きました。僕の愛車もホンダですが、乗ってても企業哲学を感じますし、大きなチャレンジをして大きく失敗するところも、なぜか愛着がわきます。おそらくそれは、人間は機械ではなく、作るのも使うのも、血が流れていて情という独特な感性を持つ人間なんだという、信念を感じるからなのかもしれません。
まあ、「機械は人が扱うもの」の思いが強すぎて、機械に任せる自動運転の分野で遅れをとっているところも愛嬌があるというか・・・・

こんな言葉を聞いた事があります。

  はじめから転ぶ歩き方をしないTOYOTA
  転んでもタダでは起きないHONDA

本田宗一郎氏の著書「やりたいことをやれ」から。

  「給料で働いていると思っている人は気の毒だな」

同じく著書「やりたいことをやれ」から。

  市場調査はある意味で有効だと思う。
  既成の製品の評判を探ろうという場合である。
  しかし、独創的な新製品をつくるヒントを得ようとしたら、
  市場調査の効力はゼロとなる。
  大衆の知恵は、決して創意などは持っていないのである。
  大衆は作家ではなく批評家なのである。
  作家である企業家が、自分でアイデアを考えずに、
  大衆にそれを求めたら、もう作家ではなくなるのである。
  大衆が双手を挙げて絶賛する商品は、
  大衆のまったく気のつかなかった楽しみを提供する、
  新しい内容のものでなければならない。

故スティーブジョブズ氏も、本田宗一郎氏のファンだったと聞いておりますが、iphoneはまさに上の文章にピッタリな商品だと思います。

とりあえず、今回はこれくらいで。

Wednesday, August 31, 2016

「お客さん」というもの

こんにちは。小林です。

今回は、「お客さん」といいますか、「お金の役割」を考えてみました。

たまに、「お金を払っているから」という理由で、飲食店やその他の施設で、横柄な態度を取るお客がいます。そうゆう人を見かける度に、「お金を払ったらといって、何でもしていい事ではない。」と思うのですが、これは、ある意味、社会全体が「お客さん」という何かわからない抽象的な人物像を作り上げる事によって出来ている弊害ではないだろうかと少し思います。

人は、何かを作ったりして販売すれば、「事業者」になりますし、何かを誰かから購入すれば「お客さん」になるわけですが、何かを作って販売してくれる人がいない限り、他の人は「お客さん」にはなれないわけで、その逆もしかり。

お金を、「誰かに助けてもらう手段(お手伝い券)」として考えてみると、お互いがリスペクトの関係が保てると思いますが、「買う、受けとる、提供される」という考えになると、どうも「お客さん」が「王様」になったような気になってしまう人もいます。

以前、アメリカの親友が「現代は、”白”と”黒”をつけるような映画をみんなが見すぎだ」と言っていて、確かにどの映画やテレビを見ても”ヒーロー”と”悪”の対決ばかりなような気がします。ある映画で、どちらが正義か戦う2人にある老人が「どちらも同じ神の子だ」と言った事が、それらの本当の意味を表しているような気がします。

「お客」と「事業者」の関係だけでなく、僕たちに根付いてしまっている、「どちら側なのか」とか「良いか悪いか分けたがる」という習慣は案外、厄介なものなのかもしれません。